私が住んでいた埼玉県和光市にある一直線に並ぶ団地の中心(丁度、中央には給水塔と集会所がある)から右斜め35度に延びる道があった。その道をしばらく行くと「ニセ富士」と呼ばれる小高い富士山型の小山があった。頂上に登る道がきちんとセメントで作られており、その周りには溶岩のような岩が並んでいたような気がする。というか全体が溶岩で作られたような感じだった。あの頃の歳は何をしても面白かった・・・・小学校1-3年生位だったろうか。単なるそんな山でも飽きずに毎日上ったり降りたりして遊んだものだ。
ただ今の子供達を見ているとその辺の感覚が少し違うような気がする。うちの子供達にしても、暇さえあればコンピューターをいじったり、PSPで遊んだりしている。もっと不思議なのが友達と遊ぶといいながら部屋でPSPを使って遊んでいる。2人とも黙々とPSPをしてる。2人でひとつのゲームを仲良く順番に使っているのならまだ許されるが、2人が2つのゲーム機をそれぞれ持ち、遊んでいるあの光景を見るとゾッとする。他の人とコミュニケーションをとる場合は言葉やボディーランゲージなんて彼らは使わない。PCやゲームを使ってテキストメッセージや画面を使って自分の意思を伝達しようとする。確かに何かしらの伝達は出来るが、細かいニュアンスや言葉の強弱で読み取る感情なんて伝わらない。こんな子供達がこれから社会を背負っていくなんて思うと、年老いてく私達を平気で姥捨て山にSUVのカーゴスペースとかに積んで捨てられそうだ。そうなる前に彼らにもっと違った生活を知ってほしいという気になる。
私自身、昭和39年生まれだがあの頃はまだ日本も貧しく、家の中で遊ぶ道具も多くなかった時期だった。コンピューターもなければNINTENDOもない。遊ぶといったらただ野原を駆け回るか、自転車で走り回る、鬼ごっこをするか、「だるまさんが転んだ!」をするぐらいだった。家で遊べるゲームとしては「人生ゲーム」かなり屋内で遊ぶゲームとしては流行だったと記憶する。季節によってもその時々のブームが子供たちの間で駆け回る。正月には凧揚げ、独楽、張るには土筆を取ったり、夏にはまだ薄暗い中から森に出かけカブトムシ、クワガタ採り。あの頃はそんな季節の変化にあわせて色々なイベントがありたわいもないことがなぜだか楽しかった。今との生活を考えると本当に何もなかったが楽しかった。何かが感動を呼び起こした。大きな岩から岩へのジャンプでさえ、本当は怖いけど、何とか飛べたときに世界を制覇するぐらいの勢いを自分の中に感じた。たかだか岩から岩へのジャンプなのに・・・。こんなことでいいからうちの子供たちに少しでも体験して欲しいし、遊びを通して自然に触れて欲しい。サイパンに在住しているのだから自然ばかりなはずだが、私自身この環境で育ったわけではないので少々勝手がわからない部分が多すぎてこのサイパンの自然から子供達に何を伝えたらいいのかが分からない。やはり自分が子供のときに感じた何かを伝えるには日本の環境でないと子供達に伝えるべきことを伝えられないような気がする。
今年の6月に2週間ばかり日本へ休暇で子供達を連れて帰る予定だ。帰ったらあのニセ富士に子供達を連れて行ってみようかと思う。あそこで子供達が何を感じるか・・・自分が子供のときみたいに遊んでくれるだろうか?うちの子供たちは残念ながら日本語が分からないから言葉で感動を伝えることは非常に難しい。彼らが見て、聞いて、触って、感じることが30年以上も前の私の感じたことと同じだといいのだが。
